遺伝子治療とは
パイプライン状況
転換期の遺伝子治療
遺伝子治療は、ある遺伝子を患者さんの体内に入れ、その遺伝子が作り出すたんぱく質の生理作用により病気を治療するものです。 世界初の遺伝子治療は、1990年に米国で、先天的な免疫不全症であるADA欠損症の患者さんを対象に実施されました。 その後、がん、HIVなどを対象に、世界で2,000以上の臨床試験が行われています。 日本では1995年に北海道大学で行われたADA欠損症の治療を皮切りに、30以上の遺伝子治療の臨床試験が実施されています。
遺伝子は私たちの体の全ての細胞の中にあり、スイッチがオンになったりオフになったりして、体の機能が正常に働くように制御しています。 遺伝子の本体であるDNAの遺伝情報は、スイッチがオンになるとmRNAと呼ばれる伝令役の分子にコピーされます。 次にmRNAの遺伝情報を元に、酵素やホルモンなどのたんぱく質が作られ、このたんぱく質が様々な生理作用を発揮して体を健康に保ちます。 現在のほとんどの薬は、たんぱく質に働きかけて効果を発揮する「低分子化合物」と呼ばれるものです。 これに対し遺伝子治療は、遺伝子からたんぱく質に至る一連の流れの最も上流の段階で働くため、メカニズムが低分子化合物とは全く異なります。
最初の試みから20年以上が経過し、遺伝子治療は大きな転換点を迎えています。一つは治療対象となる疾患の拡大、 もう一つは遺伝子を患部に届けるためのベクター技術の進歩です。
遺伝子の働く仕組みと薬剤の標的
広がる対象疾患
遺伝子治療は重篤な遺伝病の治療法としてスタートしました。 特定の遺伝子が欠損している患者さんの体内に正常な遺伝子を導入することで治療効果が発揮されます。 また、有効な治療法が確立されていないがんも、遺伝子治療の効果が期待される分野で、がん細胞を破壊する方法やがん細胞に対する免疫力を高める方法が開発されています。 現状では、特定のがん細胞にのみ遺伝子を導入するのが難しいことなどが技術的ハードルになっていますが、患者数が多い分野でもあり、多くのバイオベンチャー企業が研究開発に取り組んでいます。
これに加え注目を浴びているのが、当社が取り組んでいる生活習慣病に対する治療です。 下肢や心臓に対する血管の病変などが対象です。高齢化や食生活の変化に伴い、生活習慣病の患者数は世界中で増加しており、 一刻も早く効果の高い薬を開発することが求められています。需要の大きさから事業性の面からも注目されています。
遺伝子治療とベクター技術
遺伝子治療には画期的な効果が期待される反面、一部に副作用を懸念する声もあります。 例えば、フランスで実施された遺伝子治療の患者に白血病の副作用が現れた事例が2002年秋に明らかになりました。 しかしその後、遺伝子治療は、対象疾患、遺伝子導入法などの点で様々な広がりをみせており、 もはや、ある個別の事例を遺伝子治療全体に一般化することはできなくなっているのが現状です。 二つ目の流れであるベクター技術の転換は、この副作用の懸念と大きく関係しています。
フランスのケースは、重い先天性遺伝病の患者の骨髄細胞にレトロウイルスというベクターを使って遺伝子を導入する治療でした。 レトロウイルスは細胞のDNA本体(染色体)の中に治療遺伝子をランダムに組み込みます。これが副作用の原因と推定されています。
当社が開発している虚血性疾患に対するHGF遺伝子治療は、ウイルスベクターそのものを使用しません。 従って、遺伝子がDNA本体に入り込む可能性は極めて低く、感染などウイルスベクターに付随した他の副作用の心配もありません。 また近年では、ウイルスベクターの安全性も向上し、2012年には欧米で最初の遺伝子治療薬(リポタンパク質リパーゼ欠損症に対するアデノ随伴ウイルスベクター)が承認されています。
いよいよ実用化の時代に入った遺伝子治療への注目が世界的に高まっています。